May 2008アーカイブ
自然死でも自・他殺でも、死という状況に変わりはない。
にも関わらず、人にとって、死にいたる過程ほど重要なものはない。
この点において、結果よりも過程が大事という言葉を覆す論理は、少なくとも人間からは出せない。
結果はみな同じなのだから。
ああ、しかし、天国や輪廻という結果をランク付けする考え方が世の中にはある。
しかしこういう考え方は結果オーライじゃなく、過程を結果に反映させる考え方で、
結果がいっしょなら、過程もクソもないだろう、という虚ろな考え方を否定するための考え方だ。
古代の王の死、おじいちゃんの死、避難キャンプでの死、ジェノサイド、交通事故、
大往生、夭折、名誉の戦死、犬死に、誰かを守るための死、制裁としての死、原始人の死、23世紀の死
これらが結局、ひとつの生命の終端という意味では、全部同義だというのは、本当にびっくりした。
今書いてるプログラムで、avatorという言葉を散々書きまくっているんだけど、本当のつづりはavatarだということにさっき気づいた。
プログラム的には問題ではないのだけど、気持ちは乱れる。
メッセで、「ふーん」と受け答えしてたら、どういう気持ちなのかよくわからない、「~」や絵文字を用いるよう言われた。
「~」を入力するときは、いつも「から」と書いて変換するので手間がかかり、かなり気持ちが高まったときしか利用していなかった。
今回のやり取りの中で、「~」で簡単に「~」を入力できることを知った。感情表現が少し豊かになった。
知っ得。
たくさん机に向かっている割には作業は全く進んでいない。
半分くらい寝てたかもしれない。
