September 2008アーカイブ
値段の意味が分からない
4Kgくらいになりそう。無駄がなくていい感じの形だ。日本はまだか。
去年の3月に買ったノートPCが大分くたびれてきた。常に持ち歩いているので消耗も激しく、いろいろと動かない。なのでそろそろ新しいのを買いたいのだけど、
http://www.dell.com/nocompromise/
姑息にも、Dellが異常に高スペックな新ノートの発表を予告しており、この発表を見るまでは身動きができない状態でいる。
しかしこのスペックを満たすと相当な重量になるのではないか。
ノートPCを持ち歩くことは体力維持の一環なのである程度の重量は歓迎するが、今回のノートは求められる筋力が一気に上がる気がしており、果たしてついていけるか少し不安だ。
Steve Gaddを初めて見に行った。顎しか見えなかった。
Brian Bladeを観にいったが、これは非常に、語る言葉を持たないほど、よかった。
バンドとしても本当にfellowshipという感じでよかった。
見に行った人のブログを見ると、ジョンボーナムとか、マイルスデイビスとか、偉人たちの演奏を生でみたかったなあ、という感想が書かれてて、確かにそういう思いを起こさせる演奏だった。
10日サボった。全部忘れた。
1.気づく
2.接触する
インタラクションという現象が発生するまでに必要な、2つのステップ。
1つ目。
気づいてもらうためには、基本的に、相手の意識に引っかかる形で、登場する必要がある。
相手の顔を両手で押さえて、無理やりこちらを見させる、強制的で、軍隊的な方法は、インタラクティブという手法から外れているので、考慮しなくていい気がする。でももしかしたらすごい重要なのかもしれない。強制と自主性の境目は、言うほど簡単には引けないものなのかもしれない。僕らの生活は、たくさんの、おおむね与えられたルールにのっとって進行していてなお、僕らに強制されているという感覚は無い。例えば、通常の生活の中で時間の不可逆性について憤り、歯向かうのは難しい。
話が分からなくなった。
気づくというのは難しい。
肉体的な欲望に沿えば、比較的簡単に気づいてもらえるだろう。
でなければ、日常の中に異質を放り込むことだろう。とはいえ、誰もが日常に異質を放り込みまくっている現状にあって、なお異質であることは相当に難しい。
しかし、インタラクティブというゴールに達するための気づきというのは、少し、こうじゃないかというのが想像できる。
現状の前・インタラクティブ段階においては、気づきはそのまま接触につながり、インタラクティブになだれ込むことを目的としなければならない。
気づきは、できる限りストレートに、その後の接触で得られるものを想像できる形で、印象を与える必要がある。
何を得られるかが明快に分かり、かつその得られるものが魅力的に見えた時に、初めて向こう側からの接触が生まれる。
魅力的な報酬とは何だろう。
そろそろ具体的なことを書かないと話がどうにも進まないような気がしてきたけど、なんとかもう少しこの辺りを整理する必要があるのではないかという気がしている。
