May 2009アーカイブ

今やってる案件のゴールへの最短距離だと信じて、初めてProgressionを触っているけれど、他の人が言うほど簡単には使いこなせない。実装始めて2日経ったけど、今のところ全く進んでない。
元々、新しいものを使いこなせるまでにかかる時間が、他の人よりも随分長い気がする。
必要な機能を調べて使えるところから使い始める、というアジャイルな感じの学習方法がどうしても身につかない。

基底現実という言葉はBLAME!で初めて接したけど、これはオリジナルなんだろうか。
電話や手紙、ネットでのコミュニケーション、こういうのは、基底現実に重ねられたレイヤー、という感覚がある。
Augumented RealityとVirtual Realityはある時点で鏡に映った自身の姿と区別がつかなくなるんじゃないだろうか。
VRと同化してしまうほど身体性を獲得したARでのコミュニケーションが取れるようになると、世界が爆発的にインフレを起こすんだろう。その世界はMulch Layered Realityという感じになるんじゃないだろうか。
今でも、携帯がかかってきたら瞬間的に2つの世界の敷居をまたいで留まるように、基底現実+レイヤード現実という状態は既に起こってることなんだけど、AR/VRでコミュニケーションチャンネルが極端に太くなった時に、質的な変化がどーんと訪れるんじゃないか、という感覚。数値海岸のように別世界へのトリップするのは現実の世界がもったいない。共時世界、複数の敷居の上で重心を変えながら生活するような世界。そういう未来にリアリティを感じる。
すごく短いもので、
日常を切り取るような、たわいもないシナリオ的なものを書いている。
これはFlashとは随分かけ離れた作業で、
本当に大したものじゃないんだけど、
書くのは好きなんだけど、
センスを問われてるようで、恥ずかしい。
できれば、人に見せたくないが、
見せないと仕事にならないのでしょうがない。

しかし、振り返ってみると、ブログを書いてる時は、たいてい、仕事に向き合いたく無い時だ。

ファーストチャレンジなので、拙いものになるだろうけど、
そのうち方法論を確立できれば、少しできることが広がる。

気まぐれに自分の生まれた町を調べてみたら、消滅していてちょっと衝撃的だった。
挾間町
映画になっていたので、観てみた。
小説は、会話だけでスリリングで、どんどん読ませていく力があるんだけど、それを映画に変換するのは、少し難しかったのではなかろうか。
小説だと、最後の急患ラッシュは、戴冠というタイトルにふさわしい神々しさが伴うんだけど、映画は、映画的なクライマックスという感じだった。

ついでに、容疑者Xの献身という小説も読んでみた。これもまた読みやすく、面白い話だった。あっという間に読み終えた。しかし根本的に、あまり殺人にもトリックにも興味が無いので、ミステリーと見なされる小説にあまり興味がわかない。(ミステリーの定義を知らないけど。)ジェネラルルージュに感動できたのは、ミステリーといいつつも、人が死なないし、謎解きはストーリーテリングの一要素という感じがしたし、ミステリから逸脱してるからかもしれない。
容疑者Xも映画化されている。映像化にあたって主要人物がおそらく興行的な理由から女性に置き換えられていたり、Webでの評価がそれなりに高かったりと、ジェネラルルージュと相似点が多いので、観てみようと思う。

結局知りたいのは、こういうのの映画化に関わるのってどういう気持ちなのだろう、というところだ。
どちらの小説も既に小説の時点でメチャクチャ面白い。完成されている。
そこからどのようなルールでもって映画に変換するのか。
どの程度の勝算でもって挑んでるのか。
どこにやりがいを感じているのか。





ミステリーは殆ど読まないんだけど、自転車に乗り疲れて、ちょっと休憩しようとしたときに読むものが欲しく、コンビニで買った。
メチャクチャ面白かった。
今まで読んだ本の中で一番読みやすい文章かもしれない。異常。


このアーカイブについて

このページには、May 2009に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブはApril 2009です。

次のアーカイブはJune 2009です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Project

peace shadow project