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生の反対は死なのだろうか。

生きているものが死んだ時、それは死んでいるという。

生があって、はじめて死がやってくる。

逆は無い。

生まれる前は死んでいない。

ただ、生まれていないだけだ。

 

死の大地から生命が息吹くと、感動を覚える。

それは死と生の順序が逆転しているからだ。

 

生の後の死はいつまで続くのだろうか。

無限に死という状況が続くのだとすれば、死に対する生の時間は、限りなく無に等しくなる。

そうは思えない。

死というのは、生の残り香だ。

外見が生命の形を保ち、ヒトの記憶の中で生の面影を偲ぶことのできるあいだ、それは死んでいる。

肉体が土に帰り、人々の記憶から滑り落ちた生は、死ではなくなる。

ただ、存在しなくなる。

この世界にあって、生というのはなかなか特殊な現象のように思えるけれども、それと同程度に、死は特殊なのだと思う。

 

そういう、客観的な死という状態と、自分自身にやがて訪れる「死」というものは、果たして同じモノなのだろうか?

 

 

 

ということを正月早々考えた。

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このページは、kampeiがJanuary 4, 2010 11:36 PMに書いたブログ記事です。

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